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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)10715号 判決

原告 遠藤新一

右訴訟代理人弁護士 佐藤光将

同 宇都宮健児

被告 東洋ガラス株式会社

右代表者代表取締役 桐野清司

右訴訟代理人弁護士 河村貢

同 河村卓哉

同 豊泉貫太郎

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

(原告)

一、被告は、原告に対し、別紙目録記載の株式について、原告名義への名義書換手続をせよ。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

主文と同旨

第二、当事者の主張

(請求原因)

一、原告は、昭和五五年三月一一日被告の株主の訴外大島茂敬との間で、同訴外人から別紙目録記載の株券(以下「本件株券」という。)の交付を受け、同目録記載の株式(以下「本件株式」という。)を譲り受ける旨合意した。

二、よって、原告は、被告に対し、本件株式について原告名義への名義書換手続を求める。

(請求原因に対する認否)

訴外大島茂敬が被告の株主であったことは認め、その余は不知。

(抗弁)

被告は、昭和四九年一一月三〇日付定時株主総会において、被告の定款七条として「当会社の株式を譲渡するには取締役会の承認を要する」旨の規定を設けることを決議したので、商法三五〇条一項の規定に基づき、昭和五〇年一月二三日書面でもって、右定款変更の決議をしたこと、右書面到達の翌日から一か月以内に株券を提出すること及び期日までに提出されない株券は無効となる旨の通知を従業員等の被告の関係者である株主を除く当時の株主二一六名(訴外大島茂敬を含む。)に対して発送するとともに、右従業員等の被告の関係者である株主に対しても同日ごろ直接右書面を交付し、次いで、当時の被告の公告方法である東京都において発行する同月二八日付日本経済新聞に、右定款変更の決議をしたこと公告記載の翌日から一か月以内に株券を被告に提出すること及び右期日までに提出されない株券は無効となる旨の公告をした。

ところで、本件株券は、昭和四六年一二月二四日に発行されたものである。そうすると、株式を譲渡するには有効な株券の交付が必要であるところ(商法二〇五条一項)、本件株券は、右提出期間満了の日である昭和五〇年二月二八日の経過とともに商法三五〇条一項の規定に基づき定められた株券提出期間を経過した未提出株券(以下「未提出株券」という。)として無効なものとなったので、訴外大島茂敬と原告間の本件株式の譲渡は、無効といわなければならない。

したがって、いずれにしても、原告の本訴株式名義書換請求は、理由がないことになる。

(抗弁に対する認否及び主張)

一、被告の定款七条に「当会社の株式を譲渡するには取締役会の承認を要する」旨の規定が設けられたこと、被告が昭和五〇年三月一日その旨の登記をしたこと及び本件株券が昭和四六年一二月二四日発行されたことは認め、原告は、右規定の存在については善意であり、その余の事実は知らない。

二、本件株券には、被告の株式譲渡を制限する旨の定めが全く記載されていなかったので、原告は、本件株券が未提出株券であること及び被告の定款七条に株式譲渡を制限する旨の規定が存在することについて全く知らなかった。

ところで、未提出株券の譲受人が定款に株式譲渡を制限する旨の規定があること及びそれが未提出株券であることを知らないで譲り受けた場合に、右譲受人に対し、被告の主張するように右株券が未提出株券として無効であること及び定款の株式譲渡を制限する旨の規定の効力が及ぶことを認めるならば、右譲受人の地位は著しく不安定なものとなって、株式の自由譲渡性や取引の安全を著しく害することになるのは明らかである。したがって、株式の自由譲渡性や取引の安全を保護するために、右善意の譲受人に対しては、右株券が未提出株券として無効であること及び定款の株式譲渡を制限する旨の規定の効力が及んでいることを主張できないものと解するのが相当である。

そうすると、被告は、本件株券が未提出株券として無効であること及び被告の定款七条の株式譲渡を制限する旨の規定が効力を生じていることをもって、これらについて善意でもって本件株券を取得した原告に対し、本件株式の譲渡が被告に対して効力を生じない旨を主張することは許されない、というべきである。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、訴外大島茂敬が被告の株主であったことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、その余の請求原因事実は、これを認めることができる。

二、抗弁について判断する。

被告の主張する抗弁事実中、被告の定款七条に「当会社の株式を譲渡するには取締役会の承認を要する」旨の規定が設けられたこと、被告が昭和五〇年三月一日その旨の登記をしたこと及び本件株券が昭和四六年一二月二四日発行されたものであることは、当事者間に争いがなく、その余の抗弁事実は、〈証拠〉を総合すると、これをすべて認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

定款に株式譲渡を制限する旨の規定が設けられた場合には、その旨を株券に記載して取締役が署名しなければならないので(商法二二五条八号)、定款変更により右の規定が設けられた場合には、会社は、既発行の株券を回収してその流通を止める一方、新たにその旨の記載ある株券を発行しなければならない。商法三五〇条一項の株券提出制度は、この既発行の株券を回収してその流通を止めるために設けられたものである。したがって、未提出株券は、株券としては当然に無効なものとなり、その交付が行われても、株式譲渡の効力は全く生じないものと解するのが相当である。なぜなら、株式の譲渡方法を規定した商法二〇五条一項にいう「株券」とは、有効な株券を前提にしているものと解されるからである。

ところで、原告は、未提出株券が無効な株券であることを絶対的に主張できるとするならば、未提出株券であることにつき善意でこれを譲り受けた者は、株式を取得できなくなり、株式の自由譲渡性や取引の安全を著しく害するので、右無効は善意の譲受人に対しては主張できないものと解すべきである旨主張する。しかし、定款変更により株式譲渡を制限する旨の規定を設けるに際し、既発行株券の回収を集団的、画一的に行わなければならないことはいうまでもないので、未提出株券の効力の問題は絶対的に決定するのが相当であり、仮に、原告の主張を認めるとするならば、商法三五〇条一項の株券提出制度の趣旨ひいては定款変更による株式の譲渡制限の制度の趣旨が否定されることに到ることは明らかである。したがって、原告の右未提出株券の効力についての主張は、到底採用することができない。

以上のとおり、本件株券は、前記抗弁事実から明らかなように未提出株券として昭和五〇年三月一日以降は無効な株券となっているので、その後の本件株券の交付による本件株式の譲渡は、当事間においても何らの効力を生じていないことになる。そうすると、被告の抗弁は、被告の株式譲渡を制限する旨の定款七条の規定の効力の有無について判断するまでもなく理由があることになり、原告は、被告に対して本件株式について名義書換を請求することは許されない。

三、よって、原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 井上弘幸)

〈以下省略〉

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